アスベストの問題
アスベストが人体に有害であることを指摘した論文はすでに1964年の時点で公開されている。
アスベストの製造物責任を世界で最初に追及されたのはアメリカのマンビル社だ。
1973年に製造者責任が認定されると、類似の訴訟が多発し、1985年までに3万件に達した。
マンビル社自体も1981年の段階で被害者への補償金額が3500万ドルを超えた。
さらに同社だけで2万件近い訴訟の対象となり、最終的な賠償金の総額が20億ドルに達することが推定できた。
このため、同社は1982年に連邦破産法第11章(日本の会社更生法または民事再生法に相当)を申請し、事実上倒産した。このような動きを受け、世界的にアスベストの使用が削減・禁止される方向にある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』